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 人生のまつり

人生のまつりに込められた願い・・・
    見つめ直してみませんか

幼い頃、晴着に身をつつみ、ご両親に手をひかれて七五三参りに出かけたことを憶えていますか。

当時の ことをはっきりと記憶しているわけではないけれど、ちとせ飴の袋をちょっと引きずって、鳥居の前で撮った写真をアルバムの中に見つけては、〃こんなこともあったんだ〃と思い出す、子供の頃の大切な思い出です。

そこに、笑顔で写っている若い両親。私たちは今、両親のあの時の喜びがわかりかけてきたような気がします。

わが子が無事に育ちますように、と祈る心は自然の感情です。

子育てほど苦労のしがいのあるものはない、とよく言われるそんな親心が、わが国では安産祈願や初宮詣、七五三参りなどに代表される人生儀礼として伝えられてきました。

親の深い愛情に育まれて成人し、結婚。そこに新しい家庭が生れます。そして、私たちは子をもって初めて、本当の親の有り難さを知ることになります。そんな私たちでも、親にとってみればまだ子供。わが子を愛しく思うのと、まったく同じ慈しみに溢れたまなざしが、私たちにも注がれているのです。

こうした日々の営みの中で、互いの無事を願い喜ぴをわかち合う人生節々のまつりは、私たちにあらためて、親子の絆と生命のつながりを実感させてくれます。

このサイトが、人生儀礼に込められた願いと、意義を見つめ直す一助になればと願っております。

目次

   


着帯の祝いと安産祈願...

子宝に恵まれたことを神さまに感謝し、妊娠五ケ月目の戊(いぬ)の日に着帯の祝いを行います。

戊の日が選ばれるのは、犬の安産にあやかるためと言われ、妊婦は赤ちやんが岩のように丈夫に育ちますようにとの意味の込められた「岩田帯」をしめます。そして、母体の安全と無事に赤ちやんが生まれることを願って安産析願をします。

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・地方によっては、産土さまに安産祈願のお参りをした時に、境内にある小石を持ち帰ってお守りにし、お七夜が過ぎると元の場所にもどしに行く風習があります。

・出産のときに箒を立てると安産だという言い伝えがあるのは、箒の実用性から、災いを払い霊魂をかき集める神聖な道具であると考えられたからです。
 

誕生...

産湯

赤ちやんが生まれるとすぐに産湯をつかわせます。産湯とは、産土さまのお守り下さる土地の水のことです。その水でお清めすることで神さまの産子(氏子)となるのです。

産着(産衣)

産湯をつかわせた後、赤ちやんを袖や紐のない一つ身のおくるみにくるみます。そして、生後三日めになると、ミッメの祝いをして、袖のある産着を着せます。

 

産飯

赤ちやんが誕生した直後に炊いたご飯を、産土さまにお供えして、そのご飯を下げていただきます。

まだご飯を食べられない赤ちやんの分も用意するのは、神さまの御霊がこもったお下がりを分ちいただくことで、赤ちやんが無事に育つようにと頼うからです。

また、産飯を親戚や見舞客など、多くの人にふるまうことは、赤ちやんを社会的に認めてもらうという意味があります。

 

h産着に麻の葉の紋様を縫い付けることもありますが、これには、赤ちやんが麻のようにまっすぐに成長しますようにとの願いが込められています。お母さんが一針一針こころを込めて縫い上げた産着は、赤ちやんを優しく守ってくれるでしょう。

産着が母方の親から贈られるのは、生命のつながりを大切に考え、最も新しい生命を祝福するという意味があります。

h地方によっては、生まれてすぐ白または空色の産着を着せ、その後、色直しといって、人間の仲間入りをさせる意味で、色のある着物を着せるところもあります。

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お七夜と命名...

赤ちやんの名前は、誕生後七日目のお七夜に付けるのが習わしです。昔は、誕生しても必ず無事に育つとは限らないことが多かったために、お七夜は、赤ちやんの無事な成長を確かめる大切な節目でした。

名付けは、両親、祖父母、あるいは尊敬している知人、仲人さん等にしてもらいますが、名前は、赤ちやんにとって一生付き合ってゆく大切なものですから、神社にお願いして神さまから授けていただくのもよいでしょう。赤ちやんの名前は、命名書に書いて神棚に供えます。

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・赤ちやんの名前には、両親の願いが込められています。その意味では、両親が子供に贈る、最初で最高の贈り物といえるのかも知れません。やがて子供が大きくなって、自分の名前のことを考えるときに、両親が自分の名前に込めてくれた願いに気づくのではないでしょうか。

 

 

初宮参り...

 赤ちやんが初めて神社にお参りして、神さまの御加護のもと無事に誕生したことを感謝し、これからも健やかに成長するようにと祈ります。

多くの場合、赤ちやんは母方から贈られた晴れ着を着て、おばあちやんに抱かれ、両親とともにお参りします。男子は生後三十一日目、女子は生後三十三日目にお参りするのが一般的ですが、体の抵抗力の少ない赤ちやんのことですから、あまり日数にこだわらずに、温かい日や天気のよい日を選んでお参りするのがよいでしょう。

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お宮参りは、赤ちやんを産上(氏神・鎮守)さまの産子(氏子)として認めていただく意味があります。ですからわざとつねって泣かせ、ご挨拶に来たことを印象づけたり、お参りの帰りに会う人ごとに赤ちやんを見てもらって、赤ちやんがその土地の一員になったことを認めてもらうような風習も残っています。

・地方によっては、初宮参りの時に赤ちやんの額に鍋墨などで犬の字を書いたり、点や一の印をつけることが行われています。女児ではさらに頬に紅をつけることもあります。        

 

お食初め...

 生後百日め頃に、大人と同じ食膳を用意して、赤ちやんに食べるまねをさせます。百目めの祝いということから、モモカの祝いとか、初めて食べさせることから、ハシゾメ,ハシゾロエとも言います。

お食初めには、赤ちやんが一生幸福に育ち、食べるものに困らないようにとの親の願いが込められています。

食膳には赤飯のほかに、鯛などの尾頭付きの焼魚が甘けられますが、これには、柔らかな赤ちやんの頭が早くしっかりするようにとの意味があります。

また、海や川から拾ってきた小石を食膳にのせるところも多いようですが、これは子供??歯が丈夫になりますようにとの意味からです。

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天気のよい日には、氏神さまにお参りしませんか

大都会の喧騒の中でも、豊かな森に囲まれているところがあります。赤ちやんをお守り下さる氏神さまの神社です。風のそよぐ音、土のにおい、鳥の泣き声、どれをとっても赤ちやんにとっては初めての体験。親子そろって穏やかな日差しの中でお散歩することは、赤ちやんの情緒の安定にもつながります。神さまに赤ちやんが一日一日無事に成長していることを見ていただきましょう。

初節句...

三月三日を女児の節句、五月五日を男児の節句として祝いますが、生後初めて迎える節句を「初節句」と言います。初節句には縁起物を贈答するなどして赤ちゃんの健やかな成長を祝います。

雛祭り

三月三日の雛祭りは女児の節句で、雛人形を飾り、自酒・雛あられ・菱餅を供え親しい人を招いて祝います。雛祭りは、桃の節句、弥生の節句とも言われます。

雛人形

古くは人形(ひとがた-紙で人を形どったもの)で体をなでて身の穢れをそれに負わせ、海や川に流す風習でした。この人形と飾って遊んだりする人形(にんぎょう)が結び付いて、雛人形になり、雛祭りになったのです。

 

端午の節句

五月五日の端午の節句は男児の節句で、鯉幟・菖蒲・武者人形などを飾り、粽(ちまき)・柏餅を供えて祝います。

鯉幟・武者人形・兜

菖蒲と尚武が同音であることから、五月五日が男の子の節句となりました。立身出世しますようにと鯉幟や、強さを意味する武者人形が飾られるようになったのです。

菖蒲湯

五月五目に菖蒲の葉を風呂に入れて浴する風習です。

菖蒲は昔から薬草で、邪気を祓って心を清め、火災を除くと信じられています。

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七五三参り...

十一月十五日に、三才の男女児、五才の男児、七才の女児が晴れ着を着て、親子そろって神社にお参りし、子供の成長を神さまに感謝し、これからの無事を祈ります。

七五三は、この年頃の子供の年祝いをする古くからの風習に由来するもので、代表的なものは、三才の「髪置」、五才の「袴着」、七才の「帯解」の祝いです。

「髪置」は男女児ともに行われた儀式で、この日を境に髪を伸ばし始めました。また男児は「袴着」で袴を着け始め、女児は「帯解」でそれまで付け紐で着ていた着物から帯でしめる着物にかえました。つまり形式的にではありますが、七五三を終えて、晴れて一人前として扱われるようになったのです。

七五三参りは、昔は数え年で行いましたが、今では満年齢で行うところが多くなりました。

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・着慣れない着物を着て長時間おとなしくしていることは、子供にとってつらいことですが、せめて御祈祷の時ぐらいは、きちんとしたいものです。「今日は、○○ちやんが健康で良い子に育ったことを神さまに見てもらうためのお祝いだから、きちんと神さまにご挨拶しましょうね。」と声をかけてあげれぱ、子供ながらに、「今日は私のお祝いなんだ」とわかるものです。

お参りの作法は、神社で教えてくれますので、お祝いのお子さんを中心にして家族みんなでお参りしましょう。

 

・子供が生まれてから七才になるまでの間に様々なまつりが行われるのは、昔から子供は「七才までは神の子」として、神と人との世界の両方にまたがっていると考えられていたからです。

 

十三参り

数えで十三才になった少年少女が神社にお参りするものです。昔は、男女ともに十三才が、正式な成人式を迎える前段階の重要な年と考えられていました。関西地方ではさかんに行われています。

入学・卒業・就職の報告

成長に合わせた人生儀礼の他に、入学・卒業・就職など生活環境が変わる時も、人生の大きな節目です。

神さまの御加護をいただき、無事に過ごせるようにお願いしましょう。

朝、人に会った時に「おはようございます」と元気に挨拶されると、気持がいいものですね。「あいさつ」は人と人とのコミユニケーションの始まりです。大人にはなんということのない「おはようございます」の一言も、子供にとってはかなりの勇気が必要なのです。「子は親の背中を見て育つ」というように、子供は両親の姿を見て育ちます。お父さんお母さんがいつも自然に挨拶していれば、子供も自然と挨拶ができるようになるものです。まず、家庭の中からはじめましょう。

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成人式...

一月十五日に、二十才になった男女が神社(氏神さま)にお参りして、無事に大人の神間入りができたことを奉告し、祝います。昔、武家では前髪を剃る「元服式」、が、公家では初めて冠をつける「初冠の儀」が行われていました。今日では、成人になると、選挙権や婚姻の自由など様々な権利が与えられ、それと同時に様々な義務が生じます。

成人とは、ただ年齢が二十才に達したからというものではなく、自分の行動すべてに責任を持たなければならない立場になったことを祝い、自覚する節目なのです。

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神前結婚式

結婚は、数ある人生儀礼の中でも最も晴れやかな節自です。神さまのおはからい(御神縁)によって結ばれた二人が、神さまの前で、苦楽をともにして明るく楽しい家庭を築き、子孫の繁栄をはかることを誓い合います。

何と言っても、共同体の最小単位は家庭です。素晴らしい家庭があってこそ、国の繁栄や世界の平和がもたらされるのではないでしょうか。

神前結婚式というと、多くの人は三三九度を、女牲ならば白無垢・綿帽子・角隠しを思いい浮かべることでしょう。

神に仕える衣装は、清浄感に満ち溢れた白が使われてきたことから、神さまの前で結婚式をあげる時にも、白い衣裳が用いられることになったようです。

また、綿帽子や角隠しは、神職がかぶる冠や烏帽子と同じように、神さまの前に出る時のかぶりものなのです。

 

神前結婚式の式次第

式次第は、地方によって多少の違いはありますが、一般的には、まず、修祓というお清めのお祓いを受けます。続いて、神職が二人の新しい門出を祝う祝詞を神さまに申し上げて、神さまの御加護をお願いします。

その後、新郎新婦が大・中・小三つの杯に注がれた神酒をくみ交わす三献の儀(三三九度)が行われ、二人が誓いの言葉を神さまの前で申し上げ、指輪の交換をして玉串を奉ります。最後に両家の親族の紹介をして固めの杯を交わします。

神前結婚式の始まり

神前結婚式は、明治三十三年、当時皇太子であらせられた大正天皇が、宮中の賢所で行わせられた御結婚の礼を記念して、翌年、現在の東京大神宮ではじめて行われ、一般に普及しました。

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厄年...

厄年とは、災難や障りが身に降りかかりやすい年のことです。厄年を迎えると、神さまの御加護をいただいて災厄が身に振りかからないよう、神社にお参りして厄祓をします。男性は二十五才・四十二才・六十一才、女性は十九才・三十三才・三十七才が厄年にあたり、その前後を前厄・後厄と言います。中でも、男性の四十二才は「死に」、女性の三十三才は「散々」に通ずるという語呂あわせから、大厄と言われています。

また、古くから四十二才、六十一才という年齢は、社会における重要な年回りとされ、神事においても重要な立場に当りました。そのため、厄年の「やく」とは、神祭りを行う神役の「役」のことであるともいわれます。その役を行うにあたって神さまに失礼のないように、飲食や行為を慎み心身を清浄にするためにご祈祷を受けたのがはじまりであるとも考えられています。正月が過ぎてからもう一度、門松を立て、餅をついて新年を迎える祝いをし、正月を二度行うことによって、年齢を進めて厄年を通過したとするところもありますし、人を招いて御馳走をし、同じものを食べることによって、厄を分散するところもあります。

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年祝い...

面親や祖父母をはじめ、一家のものが長寿であることほどおめでたいことはありません。還暦の祝いをはじめ、

ある一定の年齢に達すると、一家そろって長寿の祝いをします。

還暦(六十一才)

十干と十二支の組み合わせは六十通りあり、自分の生まれた年と同じ干支がまわってくるのはちょうど六十一年後になります。干支が一巡して元に戻るというので、生まれ直すという意味から、赤い頭巾やチヤンチャンコが贈られます。本卦(ほんけ)がえりという場合もあります。

古希(七十才)

中国詩人杜甫の詩「人生七十古来稀なり」という言葉からつけられました。

喜寿(七十七才)

喜の略字が七・十・七と分解されることからつけられました。

傘寿(八十才)

傘の略字「かさ」が八・十に分解できることからつけられました。

半寿(八十一才)

半という??が八・十・一に分解できることからつけられました。また将棋盤の目が八十一あることから半寿は盤寿ともいわれます。

米寿(八十八才)

米という字が八・十・八に分解できることからつけられました。

卒寿(九十才)

卒の俗字「卆」が九・十に分解できることからつけられました。

白寿(九十九才)

百の字から一をとると白という字になることからつけられました。

上寿(百才)

六十才の下寿、八十才の中寿に対するもの。

茶寿(百八才)

茶の字は十が二つと八十八とに分解され合計が百八となることからつけられました。

皇寿(百十一才)

皇の字が白と王に分解され、白が九十九、王が十二ということで合計百十一となることからつけられました。

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神棚のまつり...

私たちが毎日無事に暮らしてゆけるのは、神さまがお守り下さっているからです。丁重に神棚をおまつりし、神さまの御加護に感謝しましょう。

家族揃って毎日神棚をお参りすることで、子供たちも自然に「感謝の心」を感じとってゆくのではないでしょうか。それは、家族を大切にする心や、人や物に感謝する心を育てることにもつながります。神棚には、伊勢の神宮のお神札(神宮大麻)と氏神さまのお神札、また特別に崇敬している神社があればそのお神札をおまつりします。

神棚をお祀りする場所

神棚は家庭生活の中心です。家の明るく清浄なところに南向きか東向きに設けます。

私たちが家を建てる時には、その土地の中で一番よい向き・間取を考えますが、神さまのお住まいである神棚についても同様に、その家の中で一番よい場所におまつりします。はじめて神棚を設ける場合は、氏神さまにお願いして神棚の清祓をしてもらいましょう。

お神札のまつり方

三社造りの場合は、中央に神宮大麻を、向かって右に氏神さまのお神札を、向かって左に崇故する神社のお神札をおまつりします。一社造りの場合は、左の図のように重ねておまつりします。

注連縄・紙垂

注連縄は、神聖な場所であることを示すものです。ふつうは太い方を神棚に向かって右になるように取り付け、四垂れの紙垂を等間隔にはさみこみます。紙垂が切れたり汚れた場合は半紙で新しいものを作ってとりかえましょう。

供え・お榊

毎朝、朝食前に手を洗い、口を漱ぎ身を清めてから神棚にお供えもの(神饌)をします。毎日お供えするものは、米・塩・水です。神棚からお下げした神饌は、神さまの御霊がこもっているので、家族でいただきましょう。初ものやいただき物などがあった場合も同様に、まず神さまにお供えします。また、神前には神め宿る木、栄える木という意味をもつお榊を立てておきます。

お参りのしかた

神社にお参りする時と同じ、二拝二拍手一拝の作法でお参りします。

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神葬祭...

神道式で行われるお葬式のことを「神葬祭」と言います。

神葬祭は、神職を通じて産土さまに亡くなったことを奉告することから始まります。一般的に通夜といわれているものが、神葬祭の遷霊祭にあたります。遷霊祭では、亡くなられた方の御霊を霊璽(仏式の位牌にあたる)といわれる白木の「みしるし」に遷します。

霊璽には、霊号(仏式では戒名)が記され(生前の名前の下に「命」、男は「大人」「彦」女は「刀自」「姫」等が付けられる)、しぱらくの間は仮御霊舎に安置されます。そう亡ようさい翌日、告別式にあたる葬場祭が行われ、次の日には翌日祭が、以後十日ごとに十日祭、二十日祭、三十日祭、四十日祭、五十日祭、百日祭が行われます。百日祭までを霊祭といい、一般的には五十日祭をもって忌明け(喪に服する期間を終えること)とされます。

神職さんに清祓いをしてもらい、それまで遠慮してきた神棚のおまつりもこの時から始めます。

五十日祭が終わると、霊璽を御とくといわれる箱に納め、御霊舎におまつりします。

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霊祭のあとは年祭を行います。亡くなられてから満一年目に一年祭を、以後二年祭、三年祭、五年祭、十年祭と行い、その後は、十年ごとに行います。

命日には、御とくの中から霊璽を取り出し、故人の好物をお供えして、神職に祝詞を奏上してもらいます。遣族や親類縁者が、互いに睦まじく元気で努めている姿を奉告するとともに、いつも守っていただいていることに感謝します。こうして、子孫の手厚いおまつりが続けられ、五十年がたつと「祭り上げ」といって、亡くなられた方の霊は清められて、神と祖先のもとに帰ると言われています。

祖先のまつり

家代々のご祖先のおまつりは、御霊舎で行います。祖先まつりを行うのは、日本では古くから、祖先の霊はこの世にとどまって子孫を守ってくれると信じられているからです。

祖先まつりは、神棚まつりと同様に、毎日欠かさず行います。大切なことは、神さまとともに私たちをいつも見守って下さっているご祖先を、親しみを込めておまつりすることです。

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神社本庁発行 氏子のしおり 第42号 より 転載